渦巻く知識

菩薩

近堂駅から南へ徒歩十分のところに教会がある。
三階建ての質素な白壁に十字架を模したような窓が一つ。磨りガラスが張られている。
屋根には銀の十字架が飾ってある。陽を浴びて青空の下に皎々と輝いている。

重原はぼうと十字架を眺めた。呼吸をすると肺が下に引っ張られるような痛みがある。けれども健康診断では異常はなく、呼吸器科を受診しても所見はないと言われたのだった。
「これは不治の病だ。未だ人が見つけていない病だ。俺は死ぬのだ。」
そんなことを考えながら雑然と空を仰いだ。
陽が射す。一面に広がる蒼天の中、煌びやかな輝きを帯びて十字架が座している。重原はキリストを信じているわけではなかったが、それでもなんだか神に祈りを捧げたい心持ちになっていた。
自分は間違いなく死ぬのだという感触が、彼を空よりも遥かに高いところへと意識を連れて行っていた。
陽を浴びて燦然と輝く銀の十字架が放つ光が大きく大きく、強く強くなっていく。空をいっぱいに光が包み込んだ時に、老人が一人、重原の前に立っていた。
重原は老人を見つめた。その顔に刻み込まれた皺は一つ一つ暗がりへ沈んでいく様に見える。ほとんど白髪に覆われた眉の中に二本だけ黒々と走るものがある。
眼は半眼で、まるで奈良の寺で見た仏像のようである。うっすらと後光すら見える。
老人は微動だにしない。呼吸も見えない。二人を覆う眩しい光さえも、この老人を映している様である。重原は呆然と老人を見た。

どこかで救急車のサイレンが聴こえて、重原はハッと教会の屋根にある十字架に戻ってきた。
陽は燦然と輝いている。
歩道の上を鳩が三羽、仲良さげに歩いている。一羽の羽に二本の真っ黒なものが走っている。
少しだけ早くなった鼓動を携えて、重原はすでに呼吸が苦しくないことに気がついた。
教会の屋根には烏が一羽、羽を休めている。